金髪の弁護士が、まとっているもの
「金髪にしてる理由、ありそうじゃないですか。でも、ないんですよ」
内田さんは笑う。やりたいからやっている。ただ、それだけ。でも、と続けた。
「男だからこうあるべき、弁護士だからこうあるべき。そういう枠に、人って結構閉じ込められていると思うんです。自分はそこから自由になってるぞ、っていうのが、なんとなく一目で伝わるといいなと思って」
——弁護士で金髪って、あんまりいないですもんね。
「そうそう。性別の枠もあるし、職業の枠もある。その枠を越えるのが当たり前なんだって思える人が、ひとりでも増えたらいいなって」
枠から自由でいる姿そのものが、誰かの勇気になる。内田さんは、それを身をもって示している。
机の引き出しに、隠し続けたパン
話は、小学5年生までさかのぼる。給食のパンが、どうしても食べきれなかった。
「給食のパンって、ジャムがついてくるんですけど、すごい少ないじゃないですか。パサパサして、3分の1も食べたら口の中の水分が全部持っていかれる感じで。給食の後に『歯磨き体操』っていうのをやっていて、食べ終わらないと自分達だけ取り残されてしまう。目の前のものを消さないと、給食の時間が終わらないんですよ」
食べられないパンを、机の引き出しにそっと隠す。持ち帰ることもできず、隠したパンは日に日に増えていった。ある日の掃除の時間、それが見つかってしまう。
「もう、全部ダメだと思って。全員にバカにされるんだろうなって。そこから、学校に行けなくなりました」
仮病ではなかった。朝になると、本当にお腹が痛くなる。病院をいくつ回っても、原因はわからなかった。
「あの登校の時間さえ過ぎれば、ピタッと治るんです。自分でも、おかしいなって」
転機は、友達だった。ある日、家まで迎えに来てくれた。
「『今日、行くよ』って。いやいやいや、行きたくないですよ(笑)。でも無理やり連れて行かれて、行ってみたら、別に何ともなかったんです」
——行く前がいちばん怖い、っていうのは、すごくわかります。
当時診てくれた医師の言葉を、内田さんは今も覚えている。「今はそれでいいけど、あとで自分に返ってくることもあるからね」と。
「あの『本当にお腹が痛くなる』感覚は、今も自分の中に残っていて。だから誰かが本当に困っている時、その人と話すときも、『痛いよね』っていうところから始められるんです」
共感から始まる弁護士としての在り方を教えてもらった気がした。
「間違っている」を、外から正したい
弁護士を志したのは、中学生のころだった。きっかけは、ある報道だった。本当は違うのに、まるで犯人のように扱われている人がいる。子どもながらに、強烈な違和感を覚えた。
「みんなが『あいつだ』って思っている。でも、違う。それは間違ってるって、外から言える仕事がしたいと思ったんです」
調べてみると、それができる仕事があるらしい。中学生で「弁護士になる」と決め、その夢を、ずっと手放さなかった。
——中学の夢を、本当に叶えてるのがすごいですよね。
その違和感は、今の仕事にもまっすぐつながっている。弁護士として20年近く、内田さんはLGBTQやセクシュアリティにまつわる法律問題に取り組んできた。
職場でのハラスメント。当事者側に立った代理交渉。企業からの相談に応じて、カミングアウトする従業員への対応や、トイレ・更衣室といった環境をどう整えるかを助言する。社外の相談窓口も引き受ける。さらに、当事者が将来安心して暮らせるよう、保険や制度を使った“資産の守り方”まで。
「社会の中には見えないところでの差別や、不当な扱いがまだまだあります。それを、今ある法律の中で少しでも正していきたい。透明にしていきたいんです」
当事者であることは、弁護士としての強みにもなっている。
「たとえば、結婚して長く家庭を築いてきた人が、あるとき自分のセクシュアリティに気づいて、もう蓋をし続けるのが難しくなる。そういう離婚の相談って、当事者じゃない弁護士には、なかなか踏み込んで話しづらいと思うんです」
背景をわかっている相手だからこそ、恐る恐るではなく、踏み込んで相談できる。
「自分のことを知ってもらった上で相談してもらえると、こちらも踏み込んだことが聞けるし、組み立て方も変わってくるんですよね」
情報が大事になってくる弁護士という仕事ならではの強みだった。
「それで?」——その一言で、何も変わらなかった
自分が同性を好きだと自覚したのは、中学のころ。弁護士の夢とは関係なく、たまたま同じ時期だった。
初めて人に打ち明けたのは、大学1年生。相手は、大学で仲良くなった友達だった。
「地元の人間関係に影響しない相手なら、もし関係が崩れても、大きなダメージにはならないかなって。それに、この人には『全ての自分』を含めて知ってほしいなと思ったんです。いろいろ考えて、この人になら言えるって」
それでも、言い出すきっかけはなかなか掴めない。「今日は言うぞ」と家を出ても、結局言えずに帰ってくる。そんな日が、6回ほど続いた。
「もう、さすがに言わなきゃと思って、会話の途中で意味不明なタイミングで言っちゃいました(笑)」
返ってきたのは、たった一言だった。
「そうなんだ。それでどうしたの?」
「最初は向こうもびっくりしてましたよ。予想してない話だから。でも、『それでどうしたの?』って。続きを聞いてきたんですけど、言うことが目的だったんで、こっちが逆に反応に困っちゃいました(笑)」
——打ち明ける側からすると、知られること自体が、生きるか死ぬかくらいの感覚なんですよね。だから「それで、どうしたの?」って自然に返されると、逆にたじろぎますよね(笑)
「そう。知ってもらうことが全てで。その上で、その先は何も変わらない。もう次の話題って感じでした。あれは、本当に大きい成功体験でした」
もし最初のひとりに、ひどい言葉を投げつけられていたら——そう思うと、最初の相手を選ぶことの重みがわかる。
「だから、1人目ってすごく大事なんですよね」
自分を受け入れたら、周りも気にならなくなった
当事者には、自己肯定感の低い人が多い、と内田さんは言う。
「社会の中の差別意識みたいなものが、いつの間にか自分の中に積み重なって、内面化してしまう。それで、自分で自分を否定しちゃうんです」
その壁は、ひとりではなかなか越えられない。だからこそ、周りの人の力を借りることに意味がある。
「不思議なもので、自分が自分を受け入れられた瞬間に、周りの反応も一気に気にならなくなったんです。『ああ、あの人はそう思ってるんだな』で、終われるようになった」
カミングアウトは、全員にする必要はない、とも言う。信頼できる人に、一人ひとり伝えてきた。
「すごく親しい人には、伝えてきました。でも、距離感のある相手にまで、わざわざ言うものでもないのかなって」
「来月から、やっちゃおう」——居場所をつくる
オープンに活動するようになったのは、ある友達のひと言がきっかけだった。「この先、どうしていきたいの?」と問われ、内田さんは答えた。まだ言えずに葛藤している人がいる、その人たちの力になりたい、と。
「そうしたら、『それ、やった方がいいよ』って背中を押されて」
自分が当事者であることをオープンにして、声を上げる。それ自体が、当事者はどこか遠い存在なんかじゃない、と伝えることになる。手を上げる人が増えれば、いつかわざわざ知らせなくてもいい世の中になる——そう考えた。
そうして始まったのが、毎月の集まりである「Na・Nā・ji(ナナージ)」だった。2018年5月にスタートし、もうすぐ100回を迎える。
きっかけは、その前月。今も一緒に運営する仲間と話していて、「当事者のことを知ってもらうのが大事だ」という想いで一致した。
「『じゃあ、やるにはどうする?』『来月からやっちゃおう』って。場所もあるよ、って言ってくれて。その日のうちに日程を決めちゃいました」
居場所をつくること。当事者がそこにいると、知ってもらうこと。それが目的だった。
印象に残っている参加者がいる。息子のことを心配して、母親と一緒に来た親子だ。
「お母さんは、この子はこの先ちゃんと生きていけるんだろうかって、すごく心配されていて。茨(いばら)の道なんじゃないかって。でも、思っているより『普通』だったって、安心されたみたいで」
もうひとり。小中学校の同級生が、ずっと参加したいと思いながら、なかなか来られずにいた。
「やっと今日来られました、って。ずっと気にかけてくれていたんだと知って。ああ、だからこそ続ける意味があるんだなって、思いました」
——参加できなかった人にも、ちゃんと届いてたんですね。
オフラインのイベントとして始まった「Na・Nā・ji」だが、コロナの影響もあり、現在は毎月オンラインで開催されている。
けれども、9月には、100回記念の会をオフラインで開く予定だという。
「これからは、一緒に運営してくれる仲間を増やしていきたくて。来た人が、それまで言えなかった想いを言葉にできる。そういう場所として、もっと広げていきたいんです」
対立ではなく、対話で
LGBTQをめぐる議論は確実に前に進んでいる、と内田さんは見ている。
「先日『LGBT理解増進法(性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律)』の基本計画が閣議決定されましたね。正直、3年もかかって、って思う部分もあります。でも、ようやくここまで来た、とも言える。スピードに納得いかないところはあっても、着実に社会は変わってはいるんです」
パートナーシップ制度の広がりの先に、法整備がある。一時的にではなく、社会の中で正式に承認され、権利が保障される——内田さんが見ているのは、その景色だ。
ただ、制度だけでは足りない、とも言う。
「みんなが幸せになるのが最終目標ですから。ただ、怒りをぶつけるだけでは、対立構造が生まれてしまう。良い結果にはならない」
だからこそ、一人ひとりとのパーソナルな付き合いを大事にしている。経営者の交流会などで、SOGIハラをはじめとしたLGBTQに関する話題を取り上げてもらうこともあるという。
「『え、それ言っちゃうんだ』みたいな場面も、正直あります(笑)。でも、悪気がある人ばかりじゃない。ただ、これまでその情報に触れてこなかっただけなんですよね」
最初の反応がダメでも、そこで終わりじゃない。感覚は、時間をかけて変わっていく。
「諦めずにコミュニケーションを続けること。それが、社会を少しずつアップデートしていくんだと思います」
そして、社会が変わっていくまでの間、追いついていないところを弁護士として一人ひとりをサポートしていくのだという
読んでいるあなたへ、内田さんからのメッセージ
「しんどいなって感じることも、まだまだあると思います。でも、ここ数年だけでも、確実に変わってきている。パートナーシップも広がって、いろんな取り組みが生まれています。だから、希望を持って前に進んでもらえたら。ひとりで黙って待っているだけじゃなく、今ある仕組みの中でも、できることはあります。」
“間違っている”を正したい——その子どもの日の願いは、法律と、小さな居場所になって、今も誰かのそばにある。
内田さんと、つながりたいあなたへ
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取材・文:佐古田陽登(株式会社LGBTQ Ordinary)